自然の中で神の心を感じる
物に囲まれて、物をもっていること、手に入れることが幸せであるという価値観を見直そう。物も人も地位や名声も真我にとってはなんの意味もない。
昔の人は自然の中でともに暮らし、自然への感謝と謙虚さを持ち、心にゆとりのある生活をしていただろう。
天地自然は神そのもの、日本人はそれを知っていたのでしょう。自然は神のお創りなったもの、その自然の中で神の御心を感じよう、神の大調和を感じよう。
そして、私たちも神が神に似せて創られた神の心と同じ心をもった存在である。神の心は愛の心。自然の中で自分の心を感じると、なんと卑小な心になっていることかと気づく。日々自己の心を見直し、御心にかな生き方をしよう。
喜びの光
日々心に喜びの光を灯そう。
心の目を開いて周囲をみよう。
すべての存在の中の美しさ、神聖さ、純粋さを見よう。
一日づつしっかりと生きて、喜びと安らぎを感じよう。
愛と感謝で満たそう。
そのように生きるとき、意識は拡大し、宇宙からの贈り物を受け取っていることに気づき、さらなる感謝と喜びに溢れる。
価値観を変容させる
私達は常に価値判断し、自分や人を責め、自らを制限し苦しめている。
これに気づくと、過去からきた様々なマイルールを心からやめていきたいと思い、手放す気持ちになる。
何度も繰り返されたもの、幼いころの経験、親の言動や価値観、衝撃的なもの、トラウマなどは意識の深い部分に入っている。それらが作られたのには理由がある、過去には必要だったがいまはもういらない…
自分の心の海に潜って、自我を突き動かしている信念を見つけて捨てて行こう。
恐れを手放そう。
常に心の掃除をしよう。
心の調和度が上がれば、光の量が増える。
光の量が増えれば、世界も調和していく。
内も外も
個人と全体も ひとつなのだ
ヨーガの修練
ヨーガの絶え間ない修練によって、常にいしきを自己の中心に置き、「私は在る」がしんの自己の状態だと知り、自己の経験と一体化せず、自己は行為者ではなく観察者として、気づきを保つことが出来るようになってくる。
アーサナや呼吸法、マントラ、瞑想、バクティヨーガ………
意識を純粋に保つこと、それが自然な状態になるまで訓練すること、何年もかかるかもしれないが日々エゴの殻を打ち破って自由になっていく。限りない自由へ。
自分を許してあげる
自分の体験しているこの世界は、それぞれ自分の思いが作り出している。
周囲の物、事、人はすべて自分の思いの結果です。もう「結果」なので外を変えようとしないで、原因である自分の思いに気づこう。
人を不快に思ったり、自分はこんな目にあっていると思っていたり、何かや誰かに対する不満やジャッジ、そして自分を責める思い、
それらの「攻撃」の思いは的外れであり、すべて手放すと決めよう。
現実は思いの結果である。世界は自分の内にある思いを見せてくれている。
世界や他者が自分の正当ではない思いに気づかせてくれるから、本来の幸せな自己へと戻っていけるんだ。