自己を預ける
天地を信頼して自己を預けきって座る
これが瞑想であり、あるがままであり、ただある。
すべての考えを脇に置いて安息のために源に帰ろう。そこでただ響き合おう。
そこには個はなく全体、すべてのすべてがある。
そこには私はいない、すべてはひとつ、もともとひとつ。
ここに生きよう、自我のために生きるなんて意味がないよ。
自分に気づくとは
自分の考えの中に自分を見ていることに気づいて気づいて増やしていこう
考えの中にいる時は自分の光もまわりの光も見えないよ
止まってみる
瞑想を出来ないときも日常のちょっとした瞬間動きを止めてみる。
小休止して「私」を脱落させてみる。
リラックスして活動をやめてとき、初めてわかる。
すべては神からきている。
そして私たちは神の拡張体、源泉そのものではないけれども神と同じ質を持っている。
感謝する
今日は感謝することにしよう。
頭を使わないで、すべてのこと、すべての存在を愛と感謝の中で喜ぼう。
いのちに感謝しよう。この世界は丸ごといのち、天地自然も生き物も空気も風もすべて丸ごといのちでいのちの循環、そして私たちはその一部なんだ。すべてに感謝し、喜びの感覚を想い出そう。
この「いのち」は「無条件の愛」であり、神の愛であり、この愛の中にいまもいままでもずっといたということ、私は一度も見捨てられなかったということ、この神の愛は永遠に私の上に輝き続けるということを知り、感謝しよう。
そして私たちが永遠無限の愛、いのち、光だということに感謝しよう。
すでに救われているということに感謝しよう。
天地いっぱいに光いっぱい
私たちはこの天地いっぱいの愛の中にいる
いつもすでに光の中に愛の中にいる
いまここに光だけがある
今日は朝から台風とともに私の中にも台風が来て去っていった。久しぶりに娘を叱って、怒りや不満が立ち上がってきた。“キレる“という状態・・・物にあたってしまうのを回避すべく噴き上がる怒りのエネルギーをマントラを唱えつつ腹筋をして解放。正気に戻る。怖れから愛へ。自我から真我へ。闇から光へ。
この世界は光いっぱいなのに、不満は自分の中から闇をつくって光が見えなくなってしまう。不満ってこれは嫌だっていって、起こることを否定していまここを拒否してるんだなあと、身を持って気づく。
嵐が去ったらやっぱり光いっぱい愛いっぱいの宇宙だった。