幸せに生きるという決意表明
幸せになりたいなら、まず幸せの波を発すること、これができているだろうか。
私たちの思い考えは波動として、世界にはなたれている。目の前の現実は自分が過去に発した波が作ったもの、自分が心で発信したものを体験するのがこの世界。
仮に今、どんな状態でもその中で小さな幸せや感謝を見つけて、それに浸る瞬間をなるべく繰り返す。どんな中にも喜びをみつけてささやかな幸せを見つけてそれを深く味わう、その瞬間幸せであるし、その瞬間から幸せの波を出していてその発せられた波は自分に戻ってくる。
また、いまの自分に不快な現実だって、自分の心のフィルターを通してそれが嫌だったり苦しかったりするだけだから、フィルターを変えれば全く違って見える。
このフィルターはそれぞれの心の癖や習性。これを変えていく決心をしよう。
まずは心を決めること、そして実践、繰り返し繰り返し・・・・
愛の星
地球は愛の星。なのに長い間ネガティブな波動にさらされてきました。
このネガティブな波動は私たち人間によって発せられてきたもの。
でも私たち人間も神の子であり、愛の表現体であり、愛の魂であり、愛そのものの分霊なのだ。
今、地球を助けるために、愛の星として蘇えるために一人ひとりが日々愛と調和を表現していこう。
「どうか愛の媒体としてお使いください」と謙虚な心で神に祈ろう。
神とはこの宇宙をお創りになった愛そのもののこと。
この宇宙は愛の法則のもとに調和を保ちながら形成されている、神の臨在、愛の臨在のもとに。
すべては心 すべては愛
大切なのは心の悟り。
真理を学んで知識を得ても、教えを実践してなければなんの意味もない。
お釈迦様もおっしゃっている、お釈迦様が説いた教えを有難いと聴いても実践しなければ意味ない。
実践は各人の日々の心、言葉、行い。
そして心が大切、すべては心の現れ、言葉や行動はごまかせても心はごまかせない。
そして、この心は神々や仏陀方には筒抜けである。だから、いつも神がご覧になっていると思って生きよう。神が衆生を愛するように愛そう。
この地上の調和度も私達の心の調和度にかかっている。心が調和度が高いというもはすなわち愛の思いで満ちているということ。
慈悲と空は解脱への両翼、バランスよく保ち修行することが大切だと、師はおしえてくれた。
慈悲とは愛、衆生への愛、神への愛。空性の理解によって執着を離れてエゴのために生きるのをやめて,他者のためにひたすら他者の利益のために生きよう。
それが愛に生きるということであり、そのために地上を生きているのであり、カルマを解消し、真の悟りに至る道だ。
神とは愛であり、私たちは同じ愛でできた神の子であるのだから
悟りに至るというよりは神の御元に帰るということ。
全力で愛を生きて神の御元に帰ろう。
満身創痍の地球
地球は愛の星、そしてそこに生まれた私たちも本来愛の存在、なのに人間は心を汚し、悪想念を発してきたか・・・。
自分の悪想念ゆえに自分が苦しむだけでなく、他者を苦しめ、地球をも苦しめているのだ。部分は全体に波及する、善いものも悪いからものも・・・。
だからよい想念をもとう、愛そう、曇った心を晴れ渡った美しい心にしよう、愚痴・不平不満・恨み・嫉妬・怒りなどの心のスモッグをはらい、愛・感謝・喜びの思いをもとう。
自分が悪いことを考えたって誰にもわからないし、みんな同じようなことを思ってるんだしと、すまさないで。一人の想念エネルギーは小さいかもしれません。でも多くの人がマイナス方向の想念エネルギーを発することで、地球がダメージを受けているんです。物理的な環境汚染だけではないのです。
だから地球のために毎日よい心で生きましょう。
闇と闘うのではなく、
光を広げて生きましょう。
愛を広げて生きましょう。
意識をどこに向けるか
心の癖は様々です。自分がどんなものの見方をしているか、気づけないことが多いのです。気づければ改めれるのに。だから自分のものの見方の癖をとらえよう。
意識をどこに向け、どのように使っているか。
ここがダメだ
出来てない
足りない………
意識を向けたものは独自の磁力を発して、似たものを引き寄せます。
この世界は心の投影です。それが宇宙の仕組み。
ならば今いかに恵まれているか、幸せか、豊かかに意識を向けて、
幸せを実感してみよう。
自分が存在している奇跡を,途方もない幸せを、実感すればするほど、豊かな人生になっていきます。
宇宙(神)は、私たちの幸せを願い、無限に与えてくれています。なのに自我意識が限定を設けて、力のなさや不足を選んでそれを投影して、その投影を見ているんです。
気づいたら、今から至福の自己を選べるのです。