すべては神、すべては愛
すべては愛、すべては神
この宇宙には愛しかないし神しかいない
これが真実だとわかっていても、常にその知覚にいないのならば、その究極の真実を生きていないのなら、それを実現することにすべてを注げ
神しかいないし、愛しかない
それしかないんだったらそれを体現するしかないし
それ以外に重要なことがあるだろうか
もし人生でこれが大事というものがあったとしても、先に真我実現、神実現を果たしてから人生を生きればいい
では実現するための実習は
ひたすらに神を思うことだ
神の愛を生きることだ
ただそれだけ
今この時の光を
今この時の光を感じていますか?
いつも、いま、ここに大いなる光があります。
わからなくても、過去も未来も忘れてただいまこの時にくつろいで、神(大いなるもの)に心を開いて、全てが神の内側であり私と神は一体だと知ろう。
そのように張り詰めた心でいる必要はないのだから。
過去も未来も真実には存在しない、いまこの時にはーとの光を輝かせて光としてあれ。
愛を放射せよ
神は私たちの源であり、神は愛である。
私たちは神の内側で生きていて、愛であり、あらゆるものと調和している。
それを忘れた時に、この世に様々な問題を見つけて葛藤する。
ただ愛であればいい。
何も思考せずに胸の内に流れる神の愛を外側に流していけばいい。
愛一元、その一元の愛から生きていよう。
与える喜び
エゴはいつも何が自分の得になるかを考えている。
それで私たちはだいたい何かを選択するときに自分がそれによって何を得れるかを自然と考えている。
これを「何を得れるか」でなく「何を与えることができるか」を考えてみたらどうだろう。これが自我のあり方から真我のあり方からを選んでいくことになる。
そしていつも自分が何を得れるかを気にするのではなく、自分が人に何を与えられるかを思うことは私をときめかせてくれる。
祈りの法則。
「祈りの法則」という天外伺朗さんの本を読んで、気づきがありました。日々私なりの感謝の祈りをいています。
インディアンの長老たちが行なっているもので、日々の祈りだけでなく、世界のどこか災害や苦難があるときにその試練の中にいる存在たちのために祈りを捧げているそうです。でもそれが、「こうなってほしい、ああなってほしい」という未来をコントロールしようとする祈りではなく、感謝の祈りなのです。
苦しんでいる人たちの心の平安を祈り、母なる地球にそして全ての生命体に感謝を伝えていくのです。
この世界で起こることはすべて大いなる宇宙の流れ、神の意志が存在し、それを妨げないということですね。自分たちが迫害されたことをも超えて、世界中の兄弟姉妹のために心から祈れるのは、神の子であり、永遠の魂であるのを知っているからですね。私たちが忘れてしまった意識を未だ失わずに教えてくれる世界中の部族の方々に感謝です。
個人的なことで結果を求める祈りなんてもうできないですね。
御心のままに、ですね。感謝の祈りを忘れずに。