「助けたい」の奥にあったもの
学びを深めていると、時々「愛の仮面をかぶったエゴ」に出会うことがあります。
「こんなに素晴らしい視点があるよ」
「この本当の楽さを知ったら、もっとその人も救われるのに」
「もったいないな」
そんな風に、相手を想う優しさや親切心から湧き出たと思っていた気持ち。
けれど、その根底をじっと見つめてみたら、実はとても巧妙なエゴが隠れていたことに気づいて、目からウロコが落ちました。
「もっと楽になってほしい」という思いの裏には、無意識に「今のあの人は、まだ真実に気づいていない不完全な状態だ」と決めつける、私自身の判断がある。
本当の愛とは、相手を説得することでも、正しい方向へ導くことでもない。
「今のその人のままで、今この瞬間も完全に愛されている存在なんだ」と、相手のプロセスを100%信頼して、そのまま置いておけること。
誰かを「救わなきゃいけない存在」にするのをやめたとき、自分自身の心も、すーっと本当の自由を取り戻しました。
日常の中で感じる「どうしてあげればいいだろう」「少しめんどうだな」「どう伝えればわかるかな」という様々な思い。
それらはすべて、私の中にあるエゴを優しく炙り出し、手放させてくれるための「最高の教師」だったんだなと深く感じています。
外側の世界を正そうとするのをやめて、ただ内なる静けさと愛に立ち返る。
常に目の前の出来事を通して、大切なことを教えてもらえます。
自我ではなく神を選ぶということ、恐れではなくあいを選ぶということを意識していきたいです。