腹一つ
「腹一つ」という響きが、思考を連れ去っていく
日々のなかで、気づけば頭があれこれと忙しくストーリーを紡いでいることがある。
先のことをコントロールしようとしたり、現れた現実に善悪のラベルを貼ろうとしたり。
そんなとき、ふと、内側から湧き上がる言葉があった。
「腹一つ、神のお示しますまま、腹一つ」
その瞬間、驚くほど静かに、うるさかった思考がパッとどこかへ飛んでいってしまった。
頭(エゴ)のなかで「どうにかしよう」と握りしめていた手が、強制的に開かされたような感覚。
「腹一つ」と意識を肚に落としたとき、そこには損得も、未来への不安も、過去の後悔も存在できない。ただ、圧倒的な「いま」の静寂だけが残る。
私たちがいくら頭で計算したところで、この現れは大いなる全体(神)の流れそのものだ。個人の私がコントロールできることなど、本当は何一つない。
「神のお示しますまま、腹一つ」
それは、自分の小さな計らいをすべて諦め、ただこの身一つで、現れる現実のすべてを丸ごと迎え入れるという降伏(サレンダー)。
「する私」が消え去り、ただ全体としての「在る」に深く根を下ろす。
頭がどれほど騒がしくても、お腹の奥底はいつも知っている。
何も足さず、何も引かず、ただ腹一つでここに在ることの、圧倒的な安心感を。