2026.02.04
私が経験することはすべて神が私に経験させたいことです。
神は私がその体験を通して成長し、神に近づくために与えられた恩寵です。
「神」がしっくりこない場合は、真の自己、真我、自己の魂がこの経験をしたがっていると考えても同じことです。
真の自己と神は一体です。
人生は自我のの意思ではなく、もっと大いなる意思によって動かされている。
だったら自分に起こることに抵抗したりして苦しんだりしてもがかなくてもよいのでは?
何か出来事を前にして
「神は私にこれを体験させたがっている。」
と呟いてみよう。神への愛と信があれば喜びが感じるはず。
すべてにおいてこれが当てはまる。
だからすでにいつもいつも恩寵のなかにいるのだ。